パチンコ 小当たりラッシュ

パチンコ 小当たりラッシュ

 各師団は翌日から命令を実行し、普第22師団と普騎兵第4師団はシャルトルとその周辺に駐屯し、普騎兵第6師団はウール川沿いに北方へ移動してマントノン(シャルトルの北北東17キロ)へ進みました

 このパリ包囲網の外側を警戒することになった3個師団は、シャルトルとマントノンを拠点に周辺地域へ強行偵察を兼ねた「遠征斥候隊」を複数送り出しますが、これらの部隊は一切正規の仏軍(護国軍を含みます)と接触することは無く、出会う仏住民の態度は敵意に満ちていたものの、表立って抵抗することはありませんでした

 しかし、これが単騎の斥候や少人数の輸送隊となると、以前と変わらず各地で国民衛兵や義勇兵の襲撃・銃撃を受けることとなり、これは最早当たり前の情景となったのでした

 シャトーダンの戦い仏第15軍団戦闘序列(1870.10.12時点) 軍団長 ルイ・ジャン・バプティスト・ドレル・ドゥ・パラディーヌ中将 参謀長 ボレル准将 砲兵部長 エティエンヌ=ガブリエル・ドゥ・ブロア・ドゥ・ラ・カランド准将 工兵部長 ドゥ・マルシュイ大佐 ◯第1師団 シャルル・ガブリエル・フェリシテ・マルティン・デ・パリエール少将◇第1旅団 マリエ=エティエンヌ=エマニュエル=ベルトラン・ドゥ・シャブロン准将 *マルシェ猟兵第4大隊 *戦列歩兵第38連隊 *ズアーブ歩兵第1連隊 *護国軍第12連隊(ブルゴーニュ地方ニエーヴル県の護国軍部隊) *海軍歩兵第1大隊◇第2旅団 ベルトラン准将 *アルジェリア・ティライヤール兵部隊(大隊規模) *マルシェ歩兵第29連隊 *護国軍第18連隊(ボルドーの北にあるシャラント県の護国軍部隊)*師団砲兵隊(野砲14門・ミトライユーズ4門) ・砲兵第13連隊第1中隊 ・砲兵第2連隊第18中隊 ・砲兵第6連隊第18中隊*工兵第3連隊第19中隊第1分隊◯第2師団 エミール=フィリップ・マルティノー・デ・シェネ少将◇第1旅団 ダリエス准将 *マルシェ猟兵第5大隊 *戦列歩兵第39連隊 *護国軍第25連隊(ボルドーを県都とする仏本土最大の県、ジロンド県の護国軍部隊) *外人部隊(大隊規模)◇第2旅団 ルビヤール准将 *ズアーブ歩兵第2連隊 *マルシェ歩兵第30連隊 *護国軍第29連隊(ナントの東、旧アンジェ地域・メーヌ=エ=ロワール県の護国軍部隊)*師団砲兵隊(野砲8門・騎砲6門・ミトライユーズ4門) ・砲兵第9連隊の1個中隊 ・砲兵第12連隊の1個中隊 ・騎砲兵混成1個中隊(旧・近衛騎砲兵連隊第14中隊基幹)*工兵第3連隊第19中隊第2分隊◯第3師団 ペタヴァン少将◇第1旅団 ペタヴァン少将直率 *マルシェ猟兵第6大隊 *戦列歩兵第16連隊 *マルシェ歩兵第33連隊 *護国軍第32連隊(フランス中央部オーヴェルニュ地方、ピュイ=ド=ドーム県の護国軍部隊) *外人部隊(3個大隊規模)◇第2旅団 マーティネス准将 *マルシェ歩兵第27連隊 *マルシェ歩兵第34連隊 *護国軍第69連隊(トゥールーズ南、スペインとの国境・アリエージュ県の護国軍部隊)*師団砲兵隊(野砲14門・ミトライユーズ4門) ・砲兵第7連隊第18中隊 ・砲兵第10連隊第18中隊 ・砲兵第14連隊第18中隊*工兵第2連隊第19中隊第1分隊◯騎兵師団 レオー少将◇第1旅団 ルネ・オーガスティン・ガラン・ドゥ・ロングリュー少将 *竜騎兵第6連隊 *驃騎兵第6連隊◇第2旅団 侯爵ギヨーム・ジョセフ・ブレモン・ダール少将 *胸甲騎兵第9連隊 *マルシェ胸甲騎兵第1連隊◯独立騎兵旅団 ミシェル少将~ドゥ・ボエリオ准将 *槍騎兵第2連隊 *槍騎兵第5連隊 *マルシェ竜騎兵第3連隊◯独立騎兵旅団 ダステュグ大佐~ドゥ・ナンスティ准将 *猟騎兵第11連隊 *マルシェ猟騎兵第1連隊◯軍団砲兵隊(野砲16門・騎砲24門・ミトライユーズ8門) シャップ大佐 *砲兵第3連隊 ・第13,14,15,16中隊 ・砲兵第2連隊第19中隊 ・砲兵第6連隊第11中隊 ・砲兵第18連隊第14中隊 ・砲兵第19連隊第14中隊◯混成師団◇歩兵旅団 モーリス准将 *猟兵第2大隊/同第17大隊の各1個中隊 *マルシェ歩兵第31連隊 *護国軍第22連隊(ボルドーの東・ドルドーニュ県の護国軍部隊)◇騎兵旅団 トリパール准将 *マルシェ驃騎兵第1連隊 *マルシェ混成騎兵第2連隊※セダン脱出組の騎兵・猟騎兵第11連隊(ダステュグ大佐) 前・第1軍団騎兵師団第1旅団・槍騎兵第2連隊(ドゥ・ランドゥルヴィル大佐) 前・第1軍団騎兵師第2旅団・槍騎兵第5連隊(マリエ・ポール・オスカー・ドゥ・ボエリオ大佐) 前・第5軍団騎兵師団第2旅団・驃騎兵第6連隊(ギヨン大佐) 前・第7軍団騎兵師団第2旅団 ・竜騎兵第6連隊(ティヨン大佐) 同・胸甲騎兵第9連隊(ヴォーグ・ドゥ・シャントクレール大佐) 前・第13軍団騎兵師団第2旅団

あなたも好きかも:信長の野望 パチンコ 甘
☆ パリ包囲網南東側後方・セーヌ川流域の事情 フォン・デア・タン兵団によるオルレアンの攻略とそれに続いたシャトーダン、シャルトルの占領が行われていた頃

あなたも好きかも:八王子市 パチンコ 営業中
その反対側となるパリの南東方地方フォンテーヌブローの森(パリ・シテ島の南南東56キロ、フォンテーヌブローを囲む形で存在する大森林地帯)から東側セーヌ河畔においても独軍と義勇兵を中心とする仏兵力の衝突がありました

 普驃騎兵第13連隊のある斥候隊は9月30日、シャンダイユ(フォンテーヌブローの北24キロ)付近で仏義勇兵の一団と遭遇し攻撃を受けますが、被害ゼロで襲撃を切り抜け帰還しています

 10月に入ると、更に東側セーヌ河畔のモントロー(フォンテーヌブローの東18.8キロ)とノジャン=シュル=セーヌ(モントローの東北東42キロ)付近でも所属不明の「武装集団」が出没し、彼らは北上して独第三軍の後方連絡線を脅かし、単騎や少数の斥候、巡視、輸送の各隊を襲撃しました

 10月21日には、後方連絡線防衛強化のためナンジ(モントローの北19.5キロ)に向かって行軍していたヴュルテンベルク王国(W)師団の部隊(W第3連隊第1中隊とW騎兵第3連隊第2中隊からの1個小隊)が、グランピュイ(=バイイ=カロワ

ナンジの北西4.8キロ)に差し掛かったところ、仏護国軍と義勇兵の混成集団が襲来し乱戦となり、W部隊はこれに落ち着いて対処して、仏側は死傷者・捕虜併せて約50名の損害を被り後退して行きました(W部隊側は10名が死傷)

 このW部隊が捕らえた捕虜は尋問の結果、「仏軍の一大部隊がナンジに集合し北上しようと企てている」ことを白状しました

あなたも好きかも:バカラ ウイスキー ストレート
至急報で事態を知った第三軍本営は、ナンシーからの鉄道端末・ナンテイユ(=シュル=マルヌ)よりビルヌーブ(=サン=ジョルジュ)のセーヌ渡河点まで後方連絡線上を輸送中のパリ砲撃用攻城砲が危険に晒されることに気付き、W師団に対し「一支隊を至急、後方連絡線付近まで派遣せよ」と命じました

 これを受けてW師団司令部は、W第3連隊第2大隊長のフォン・シュレーダー中佐を長とする支隊*を設けて21日の夕刻、主要後方連絡線上のトゥルナン(=アン=ブリ

ナンジの北西27.5キロ)へ出発させました